あなたのために、歌を


──歌っていることに、気づいているのかな。

「詩人さん、歌はマドメヌでお願いします。戦士さんはTP貯まったらシルブレで」
「はい」
「了解っす!」
パーティリーダーの指示に、リココとグランツはうなずいてみせた。
最近──というより、ここのところずっとペアを組んでパーティに参加しているリココたちである。
戦士は別として、いつのレベル帯でも詩人は引く手あまたなので、誘われ待ちに時間を取られすぎることもなく二人は順調にレベルを上げていっていた。
リココは元白魔道士だったが、最近は詩人がメインになっている。
元々はグランツと一緒にいたいがゆえの転職だったのだが、彼女の想いに彼が気づいているかといえばそうでもないのだった。爽やか天然のグランツに察しろというのは少々無理があるかもしれない。なにしろリココは肝心なところで意地っ張りなので、素直に想いを伝えられた試しがないのだ。
ただ、白魔も良かったけど詩人も悪くないなとリココは思っていた。
なにより、パーティ中はこっそりと想い人に歌を歌える。前衛用の呪歌はいつも密かにグランツに向けて歌っていた。それに気がついている者はいない。
変なところで意地を張ってしまうリココにとって、パーティ中は歌うことで素直にグランツに想いを寄せる事ができるような気がする貴重な時間だった。
その日のパーティも、大したハプニングなくつつがなく終了した。
「じゃ、下層の詩人酒場でね!」
「押忍!」
解散後、めいめいデジョンカジェルを使ってジュノへ帰る。下層の酒場で待ち合わせて、その日の反省会をするのも、すっかり習慣になっていた。それもまたリココにとって幸せな時間だ。
今日は何を着ていこうかな。何を話そうかな。
少し悩んで、最近着ていなかったシルククロークを着ていく事にした。いつもミンストレルコートにオポオポ王の王冠を合わせているから、たまにはフードのついた装備も良いかなと思ったのだ。
そういえば、グランツと初めて会った時に着ていた装備でもある。その時リココは高レベルの白魔で、グランツは駆け出しの戦士だった。たまたまサンドリアに向かっているときに彼に出会ったのだ。
リココは密かに運命だと思っている。
「あれから一年半くらいかな……」
つぶやいて空を仰いだ。ジュノの空は今日は曇天だ。
二人の距離は少しだけ縮まっている気はするが、それもほんの少しだけだ。
肝心なときに意地っ張りになってしまう自分が恨めしい。去年のヴァレンティオンだって、かなり頑張って作った本命ハートチョコを、結局義理チョコと間違えられてしまったし。
もうすぐヴァレンティオンの時期だが、リココはまだ行動に移せないでいた。また義理チョコだと思われたらどうしよう。私が本命チョコをあげるのは、グランツ、あなたただ一人なのに。
「あ、待たせちゃ悪いわね」
物思いにふけっていたリココは、慌てて下層に向かって走り出した。

「リココさん、こっちこっち!」
「ごめんね待たせて」
「そんな待ってないっすよー」
そう言って笑うグランツはいつも優しい。リココの笑みが深くなる。
詩人酒場は混んでいた。カウンターについた二人は自然、くっついて座るようになった。
「今日は混んでるっすね」
「う、うん」
近い! 顔が! 近い!!
内心きゃあきゃあとわめきたい気持ちだが、おくびにも出さずにすましてメニューをめくる。
注文の品がくると、二人乾杯して反省会という名の飲み会の始まりだ。
「それでは今日の戦果に」
「乾杯!」
程よく疲れた体に麦酒が染み渡る。
「はーっ、この一杯のために生きてるっ!」
「リココさんはお酒好きっすねー」
楽しげなグランツの言葉に、内心慌てて、外面はすまして答える。
「そ、そうかしら?」
やだもう、私おっさんみたいだった!?
恥ずかしさを外に出さないのは手慣れたものだ。さっと話題を変える。
「私、今日は釣り役じゃなかったけど、そろそろそっちも練習しとかないとだわ」
「あー、そうっすね……詩人釣りがメジャーになってきてますもんね。
 オレも両手斧だけじゃなくて、他の武器の熟練度も上げなきゃなぁ」
がりがりと頭をかいて、グランツがため息をついた。
「戦士たるもの、熟練度はまんべんなく上げとかないといけないっすよね……まだまだだなぁ、オレ」
「大丈夫、グランツよくやってるわよ」
「……リココさん」
不意に、グランツが真面目な表情でリココに向き直った。
「な、何?」
そんなに見つめられたら心臓破裂しちゃう。そんな事を思ったリココだったが、
「リココさんは、白魔に戻っていいんすよ」
続くグランツの言葉に冷や水を浴びせかけられたようになった。
「え……」
「リココさん、元々もっとレベル高い白魔道士だったでしょ。オレのレベル上げに付き合って、誘われやすい詩人に転職する事なんてないんす」
「何、言ってるの、グランツ……」
「オレ──ずっと思ってたんっす。オレのせいで、リココさんに迷惑かけたくないっす!」
迷惑。
私が迷惑だと思ってるって、そう思ってた? ずっと?
頭が真っ白になる。言葉が出てこない。視界の中で、悲しそうなグランツの顔が歪んだ。
気づくと、ぽろっと涙がこぼれていた。
「リ、リココさん!?」
グランツが慌てた様子で声をかけてくる。
「わ、わた、私──」
ひくっとしゃくりあげて、リココは席から飛び降りた。
「リココさん!!」
呼び止める声を背中に、グランツの顔も見ずに酒場から飛び出す。そのままジュノ下層の人混みの中に紛れて消えてしまいたかった。

チリン。涼やかな音がした。
バストゥーク鉱山区の自宅にいたリューンに、個人通信が届いた音だ。
「リココ? ──どうしたの、泣いてるの?」
リューンの言葉に、台所で料理を作っていたカルルグの手が止まる。
「そう、とりあえず時間かかってもいいから鉱山区のうちに来なさいな。カルルグもいるし。美味しいもの食べましょう。待ってるわ」
「……リココがどうかしたのか?」
「泣いてたわ、何か相談事があるみたい」
心配そうな顔でリューンは首をかしげてみせた。
「あの子が泣くなんて……よっぽどのことよ。グランツ絡みかしら」
「ふむ」
リココがリンクシェルメンバーのグランツに想いを寄せている事は、仲間内では周知の事実となっている。知らぬはグランツばかりなり、だ。
果たして、その後カルルグの家を訪ねてきたリココの顔は、ひどい事になっていた。涙の乾いた跡の上から、また涙の跡。頬は真っ赤になっていたし、タルタル特有のいつもは黒い鼻の頭も赤い。
「ああもう、可愛い顔が台無しじゃないの!」
「よく来たな、リココ。まずは顔を拭け」
温めたタオルを渡してやれば、リココはそれに顔を押し付けたまま動かなくなった。
「……リココ?」
「うっ……うぇっ……うううう」
「可哀想にねぇ、どうしたの? グランツと喧嘩でもした?」
肩を震わせる、冷え切った小さな体をリューンが抱きしめてやる。しゃくりあげながらリココが言葉をしぼりだした。
「喧嘩、なんかっ……喧嘩だったらまだ、いい、のに……!」
うわあん、と大泣きし始めたリココを、リューンはずっと優しく抱きしめていた。
ようようやっと、つっかえつっかえリココが話し始めた内容を聞いて、リューンが怒りをあらわにする。
「グランツそんな事言ったの!? ひどいじゃない、まったく!!」
「迷惑だと思ってるなんて、そんな風に思ってたなんて、私全然考えてなくてっ……」
「だが、グランツがそう考えるのも一理あるだろう」
リューンが眉を逆立てた。
「カルルグ!!」
「そう怒るな、リューン。グランツもリココの事を思ってそう言ったんだろう。実際に詩人と組むというのはメリットが大きいからな、もしかしたらグランツも陰口の一つでも言われたのかもしれん。それにあいつは少し自分を卑下しすぎるふしがある」
「そんな事、女の子泣かすのに何にも関係ないわ!」
困ったな、そう言ってカルルグはしゃがみこんだ。ガルカの大きな体躯を精一杯小さくして、リココに視線を合わせる。
「リココ。詩人はパーティでは人気がある、引く手あまただ。一緒に組んでいるグランツが、それを気に病む事も、あるだろう。わかってやれるか?」
「……うん」
「リココの庇護を受けているようで、あいつはあいつなりに辛かったのかもしれない」
「私、グランツがそんな事考えてたなんて、知らなかった」
「うん」
「そんな事を思わせてたのが辛いし、自分だけ詩人でいるのを楽しんで、名コンビだっていい気になってたみたいで、恥ずかしかった……!」
「グランツの事を、許してやってくれないか」
許すも許さないもないわ、リューンの腕の中で、小さくリココはつぶやいた。
「私、詩人が好き。詩人のまま、グランツと一緒に強くなっていきたいの。詩人の楽しさを教えてくれたのはグランツよ。彼こそ、そんな事考えさせた私を許してくれるかしら……」
「ちょっとこじれただけだ。お前さんは詩人というジョブも、グランツの事も、大好きなんだろう? 想いを素直に伝えるといい、きっとわかってくれる」
「それが難しいの!」
その言葉に、リューンが微笑む。
「そうねぇ、リココ、好きな人には素直になれないものねぇ」
「すっ……」
リココの顔が真っ赤になった。二の句を継げずにいる彼女を愛おしそうに強く抱きしめて、リューンは笑った。
「ふふふ、頑張りどきよ♪ さあ、カルルグの美味しいご飯を食べて、元気出しなさい。今日は泊まっていきなさいな」
「そうだな、料理が冷めてしまう。早く食べるとしよう」
「……ありがと、二人とも」
頬を赤らめ、視線をそらして言うリココに、二人はきょとんとしてそれから笑ってみせた。
「照れない照れない♪」
「長い付き合いだ、気にするな」

次の日、いつもリココと待ち合わせる場所にグランツは立ち寄った。そこでぼんやりと過ごしてだいぶ長い時間が経ったが、リココは来なかった。
当たり前だ、そう思って、グランツは深くため息をついた。何故か泣かせてしまったのは心苦しかったが、これもリココの為だ。オレのせいで、彼女ばかりが迷惑を被るのは間違ってる。
詩人様と組めて良いなと、陰で言われなかったわけでもない。それはどうでもいい、事実だったから。
だがリココは? 下手くそな前衛に利用されていると思われていなかっただろうか。もっと上手な前衛と、もっと稼ぎの良いパーティにだって行けるはずだ。それを放棄させて、自分に付き合わせて。
そもそも彼女は高レベルの白魔道士だ。オレの為に詩人に転職させて、一から苦労をさせている。こんなオレの為に、彼女の人生を変えてしまった。
「オレ、ほんと、最低だな……」
「自分を卑下するのは止めたほうがいいぞ」
うつむいてつぶやいた声に思いもよらず返答があって、グランツは慌てて顔を上げた。
リンクシェルリーダーのカルルグがすぐ近くに立っていた。
「……カルルグさん」
「お前さんにちょっと話があるんだが……時間空いてるか?」
「誘われ待ちの戦士なんか、暇持て余してるっすよ」
苦笑いをして答える。カルルグとリココは昔からの友人だったはずだ。昨日リココを泣かせた事に関しての、お説教だろうか。
「そうやって卑屈になるのは良くないな」
「なんなんすか。お説教っすか?」
今の言い方は少し尖っていたか。自嘲するように笑うグランツに、カルルグは優しげに微笑んだ。
「オレの古い友人が、悩んでいるようだったのでな。まあル・ルデの庭にでも行こう」
「……はい」
ゆっくり歩きだしたカルルグの後をついて、グランツも歩きだした。
ル・ルデの庭はジュノにあって下層や上層、港のような喧騒からは離れている。中央部の記念碑の前に座って、二人はしばらく黙り込んでいた。
「昨日、リココに会ったよ」
先に口を開いたのはカルルグだった。
「……」
「お前さんが思いつめていた事に気づかなかったと、悔いていた」
「リココさんが……? そんな、オレはそんなつもりで言ったんじゃ、迷惑になってるのはオレの方っす! リココさんは何も悪くない!」
「リココもお前さんも、何も悪くないさ」
諭すように言って、カルルグは微笑んだ。
「リココはこうも言ってたよ。詩人が楽しい、好きだとね。……お前さんの事を迷惑だなんて、思ったこともないと」
「リココさん……」
泣き出しそうになって、グランツは唇をかんだ。
「……さて、待ち人来たる、だ。オレは退散するとしよう」
カルルグが立ち上がって、その場から歩きだした。
「え……」
「グランツ!」
知った声に急に名前を呼ばれて、グランツは恐る恐る振り返った。
そこにいつものミンストレルコートを着たリココが立っていた。少し赤らんだ頬。
グランツも立ち上がって、二人は対峙する。
「リココさん……あの、オレ」
グランツの言葉を遮るように、リココがつぶやいた。
「私、歌うのが好きよ」
あなたの事と同じくらい──
「詩人のジョブが好き」
つぶやく声が止まらない。想いが止まらない。加速して、それは熱を帯びた言葉になる。
「あなたと冒険するのが好き、一緒に強くなっていくのが好き、反省会って言って二人で飲むのが好き、あなたに歌を歌うのが大好き!!」
あなたの事が、大好きだから。
「だから、迷惑かもなんて思わないで。そんな悲しい事言わないで……!」
しばしの沈黙。グランツが口を開いて、静かに話し出す。
「昨日、リココさん、シルククローク着てたでしょう?」
昔を思い出しているのだろうか、切なげに笑って、
「初めて会ったときの装備だった。あの日、オレはまだまだひよっこで、オークにやられて死にかけてた」
そうだ、ラテーヌ高原をチョコボで駆けていて、倒れた彼を見つけたのだ。
「そんなオレを、チョコボを降りてまで助けてくれた人がいた。思ったんす、こんな人を守れるくらい強くなりたいって」
ケアルをかけた後の、礼を言うグランツの笑顔にリココは心を奪われた。その笑顔の側に、いたいと思った。
運命だと、そう思ったのだ。
グランツがリココに歩み寄る。ひざまずく。二人の視線が重なる。
「だから、お願いっす。オレと、一緒に強くなってください。こんなオレだけど、また一緒にパーティ組んでください!」
またもしばしの沈黙。グランツの視線が、リココを捉えて離さない。
「何言ってんのよ、当たり前でしょ。……馬鹿ねぇ」
泣き出しそうになるのをこらえた笑顔で、リココはグランツの頭を軽く小突いてみせた。
グランツも泣き笑いの顔で、それはやがてリココの大好きな笑顔になった。

「雨降って地固まる、かな」
「リココ、頑張ったわねぇ」
その様子を遠くから眺めていたカルルグとリューンは、顔を見合わせて微笑みあった。
「それでは、オレも愛しい人を久しぶりにエスコートするとしよう。どこに行きたい?」
「やった♪ 久しぶりにマーブルブリッジに行きたいわ、入れたらそこにしましょ」
差し出された手をとって、リューンは軽やかに笑ってみせた。二人並んで歩き出す。
「カルルグもお酒飲めたらいいのにねぇ」
「いいのさ、お前さんが楽しそうにしているだけでオレは幸せだからな」
「じゃあ気にせず楽しく飲むことにするわ♪」
「どうぞ、オレのフロイライン」
「ふふふ」
幸せそうに笑い合って、二人はその場を去った。

それからしばらくして、リンクシェルの女性陣三人はリココの部屋でめいめいだべっていた。
ミシィがリココに問いかける。
「結局、今年もヴァレンティオンのチョコレートは渡すの?」
「もちろん! 義理チョコと間違えられてもどうってことないわよ」
「余裕ねえ」
すました顔をするリココを見て、リューンが苦笑いをする。
「私、長期決戦で行く事にしたの。グランツが気づくまで、ずーっと側で歌ってやるんだから!」
「女が決意したら怖いわね。けど、グランツ、幸せ者だわ」
「というわけでミシィ、今年もチョコレート指南よろしくね!」
「うん、とびっきりの作ってグランツびっくりさせてやろう!」
きゃっきゃっとはしゃぐ二人を見て、リューンはおっとりとつぶやく。
「……私もカルルグに何か作ってあげようかしら、当てられちゃった」
「じゃあ皆で作ろうよ」
「とびっきりの奴をね!」
「そうねぇ、覚悟してなさぁい、カルルグ♪」
……覚悟?
料理が壊滅的に苦手なリューンがにっこりと笑う。ミシィとリココはそっとカルルグに幸運を祈った。

「っくしょん!」
「風邪っすか、カルルグさん」
「さて……」
一方こちらはアトルガン皇国白門の酒場。
くしゃみをしたカルルグは、思案げな顔をして鼻をかいた。

ヴァレンティオン・デーはもうすぐだ。


”For you.” is over!
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