彼と彼女の場合。


グランツとリココの場合。
今日も今日とてにぎわうジュノ。
アトルガン航路の解放後、人の流れは随分アトルガンに流れたとはいえ、クォン・ミンダルシア大陸随一の都市であるジュノはまだまだ活気に満ちていた。
そのジュノ下層にある吟遊詩人の酒場の前で、一人のタルタル女性が行ったり来たりを繰り返していた。手には(やや不格好に)ラッピングされた小箱を握りしめている。
「頑張れ、頑張るのよリココ。明日のラブラブは今日の一歩から!」
ぶつぶつと呟いて自分を鼓舞し、リココはきっと顔を上げた。目の前の扉の奥には、LSのメンバーであるグランツ・ウォーデンが待っている筈だ。
「一年に一度のチャンスだもの、今日こそ想いを伝えるのよ……!」
意を決してドアを開ける。酒場を見渡すと、喧噪の中で昼食をとっている一人のエルヴァーン。その顔が上がり、こちらに気づいた。
「リココさん、こっちこっち!」
花開いたような笑顔で(男性には不似合いな形容詞だが、リココはまさにそう感じた)手招きするグランツ。リココは急に顔が熱くなるのを感じた。回れ右して帰りたくなるのを懸命にこらえる。
今日の日のために調理ギルドに通いつめ、大量のバブルチョコを頬張りながらなんとかハートチョコを作り上げた。ラッピングだって自分で頑張った。
「その成果が今試されるのよ……!」
ぎくしゃくとグランツの元に歩み寄り、彼を見上げる。
「ん、なんすか?」
目の前には愛しい人の笑顔。手には(やっぱりちょっと不格好な)ラッピングチョコ。
「こ、ここここれ! これあげる!」
「え?」
差し出した小箱を見て、グランツが目を丸くする。
「リココさん、これって……」
「ううううん、そう!」
リココはもう目が回りそうだ。
「義理チョコっすか? 俺なんかにありがとうございます!」
「そう、義理チョコ……って、へ?」
目を点にしたリココを横に、箱を手にとって嬉しそうに笑うグランツ。
「オレ、身内以外からチョコレートとか貰うの初めてっすよー! 義理でも嬉しいっす!」
「そ、そう! 義理だから! 勘違いしないでよね!」
な、何言ってるのよ私の口ー!!
内心で叫びつつ、リココはチャンスが音を立てて崩れさるのを感じていた。
ああもう、もうこうなったら飲むしかない。飲んで忘れよう。
「マスター! ヤグードドリンク、ボトルで!」
「食事もとらずに飲むのは体に悪いっすよ?」
「いいの! 今日は飲むの!!」
グランツにそっぽをむいたリココが涙目だったのは、言うまでもない。

トーリとミシィの場合。
ところかわって、遠国はアトルガン皇国・アルザビの一レンタルハウス。
トーリ・ココノエはいつものように床に座り込んで書物を紐解いていた。
部屋の隅にある簡易台所からいい匂いが漂ってきて、ふっと顔を上げる。幼なじみのミシィ・ハーウェイが、かぎ尻尾を揺らしながらマグカップを二つ持ってきて言った。
「はい、チョコドリンクいれたよー」
「ちょうど休憩しようと思ってたんだ。いいタイミングだな」
「へへん」
得意げに笑うミシィからカップを受け取って、匂いを嗅ぐ。レベル上げでジンジャークッキーを食べるのが流行する前によく飲んでいたドリンクだ。当時の記憶が微かによみがえる。
「バブルチョコが出来すぎたから、お茶受けにチョコラスクも作ったんだよ」
「チョコ尽くしだな。今日はなんかの日か?」
問いかければ、隣に座りながらミシィが答える。
「まあね〜。ハートチョコで儲ける日かな」
「ああ、ヴァレンティオンな」
「そうとも言う」
チョコドリンクをすすりながら、のんきな二人はまた各々読書に没頭する。
何事もない、他愛ない平和な一日である。

カルルグとリューンの場合。
再び中つ国に帰って、バストゥーク鉱山区の路地裏はカルルグの家。
小さく粗末ながらも清潔なその家のドアを開けて、リューン・シードが帰ってきた。
「ただいまー。うちに帰ってくるのも久しぶりだわ」
「おかえり」
明るい声に、落ち着いた声が応える。
「あ、何作ってるの?」
「シチューだよ」
「やった♪ カルルグのシチュー美味しいのよねぇ」
手を叩いて子供のように喜ぶ。カルルグがひっそりと笑った。
子供の頃にカルルグに拾われたリューンにとって、冒険者制度によりモグハウスをあてがわれた後も、ここが帰るべき場所であり我が家である。
「モーグリには悪いけど、やっぱり家はいいわねぇ」
くっと背伸びをして着ている装備を豪快に脱ぎ散らかし始めるリューン。いつものことなので、カルルグは気にもとめないで鍋をかき回している。お互い相手の裸を見たくらいでは照れもしない。
「そうだ、リューン」
「なぁに?」
下着だけの姿になったリューンに、カルルグは小さな包みを放ってみせた。
「あら」
一目見て手作りとわかる、赤いリボンが結ばれた布の包み。
「今日は何の日だったかな?」
「へぇ、なかなか洒落たことするじゃない」
リューンがくすくすと笑う。
「ありがと、カルルグ。お返しを楽しみにね♪」
「期待しないで待っているとしよう。さて、出来たぞ。皿を持ってきてくれ。いや、その前に服かな」
「はぁい」
狭いけれども暖かな我が家で、二人過ごす事の幸せを知っている。
こんな日がこれからも続くのがただ嬉しくて、リューンは包みを握りしめた。


――三者三様、ハッピーヴァレンティオン!


"Happy Valentione Day!" is over!
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