笑み曲ぐ君と


ふわりと、ライラックの香りがした。

「あ、オパーライン装備」
それを先に見つけたのはミシィ・ハーウェイだった。隣を歩いていたトーリ・ココノエは少女の視線の先に目をやる。
銀髪のミスラが頭からつま先までオパーラインドレス一式を身につけて、仲間らしきエルヴァーンと談笑していた。少し前に大流行した、冒険者間で行われる結婚式の衣装を模した装備だ。有用性はまったくと言っていいほどないが、白を基調とした清楚な装備なので女性に人気があるのをトーリも知っていた。今となっては流行りもすたれたのか、全身をオパーラインでかっちりまとめている者はあまり見かけなくなっていたが。
「いいなぁー」
隣の少女がため息とともにつぶやくのを聞いてなんとなくそわそわする。
トーリとミシィは先日長い義兄妹関係から恋人関係になったばかりだ。まだまだ甘い雰囲気を残しているので、そういう事を言われると、あれだ、なんとなく結婚なんかを意識してしまう。
「お前もああいうの憧れるのか」
「まあねー、……でもああいうのは銀髪だから似合うんじゃないかなあ」
つぶやいて、ミシィが自分の前髪をいじった。その色は日に焼けた赤銅色だ。確かに真っ白なオパーラインドレス一式と合わせるとコントラストが強すぎるかもしれない。
「わたしの髪、焼けてるしぼさぼさだし、ああいうのは綺麗な髪で、綺麗な人が似合うんだよ」
でもいいなぁ、と続けて、ミシィは小さくため息をついた。
お前も充分綺麗だ、とは生来の気性からどうしても言い出せなかったトーリだった。キザすぎる。苦虫を噛み潰したような顔をして、トーリはミシィの頭をぐしゃぐしゃとやや乱暴になでた。
「わ! もう、なにー?」
「なんでもない」
「もう!」
頬を膨らませて、ミシィはそっぽをむいた。

「……という事があったんだが」
「あら、可愛らしいこと」
ところ変わって白門の酒場街の一角、ケルヴィン・ハルトマンと差し向かいで酒を飲みながらトーリは事の顛末を話していた。トーリとミシィ共通のフレンドであるケルヴィンはなかなか食えない男で、トーリからしたら正直若干の苦手意識もあるのだが、なんとはなしに会うと酒を酌み交わす関係になっている。
「何も考えてない発言だとは思うんだが」
「そうねぇ。あの子ほんと何も考えてないときあるから」
「だよな」
ため息ひとつ。基本物事を深く考えない、脳天気というかいささか抜けているところもある娘である。
「で、トーリくんは何を気にしてるわけ?」
「いやそのまあ」
「歯切れ悪いわねぇ」
くすくすと笑って、ケルヴィンはびしっとトーリに指を突きつけた。
「結婚したいって遠回しに言われてるのか、気になってるんでしょ」
「うっ」
「考えすぎだと思うわよぉ、オパーライン見て純粋にいいなぁって思っただけでしょ、あの子」
「そうだといいんだが」
「あら、ミシィと結婚したくないわけ?」
すかさず返ってきた反応に、トーリは思わず半眼になった。ケルヴィンはにやにやと笑っている。
「揚げ足取りめ」
「今の発言はちょぉっと迂闊だったわねぇ」
「……結婚したくないわけじゃない」
むしろいつかはしたい。
「もし結婚したくて言ったのだったとしたら、それにすぐ応えてやれないのは不甲斐ないと思ってな。俺はまだ嫁を貰えるほどできた人間じゃない」
「人間できてなくても結婚くらいできるけどね。まあ大きな事だからタイミングとか思い切りもあるわよねぇ」
うんうんと頷くケルヴィン。トーリは再びため息をついた。俺はなぜこんな事をこいつに相談しているのだろうかと、疑問に思ったのだ。
なんだかんだでいい酒飲み友達になっている二人である。
「でもほら、リラコサージュくらいならプレゼントしてあげてもいいんじゃない?」
「ああ、あの髪飾りか」
確かにそれくらいならトーリの手持ち額で事足りそうだ。
「あれくらいなら名取かそこらの裁縫スキル持ちなら作れたはずだしね、今も結構市場出回ってると思うわよ」
「……ふむ」
そのとき、トーリの頭にひらめくものがあった。名取そこそこなら作れる、という事は。
「ケルヴィン、すまんな。おかげでいい事を思いついた。今日は帰る」
「あら?」
きょとんとしたケルヴィンが、不思議そうに首をかしげる。
「まぁいいけど……そういうときはありがとうって言うものじゃない?」
「……ありがとう。じゃあな」
苦々しげに顔を歪めてからそう言って、トーリは立ち上がった。
「そこでちゃんとありがとうって言えるトーリくん、好きよぉ」
「俺はお前が苦手だ!」
「素直じゃないんだから」
にこにこ笑ってじゃあね、と手を振るケルヴィンにおざなりに手を振り返して、トーリは酒場から出ていった。
「さて、何を考えついたのかしらねぇ。検討つかないでもないけど」
残った酒をちびりと舐める。ケルヴィンはにやりと笑った。
「ま、ミシィには黙っててあげましょ」
面白そうだから。

その日から、一通の置き手紙を残して、アルザビのレンタルハウスにトーリの姿が消えた。
「最近トーリは何かしてるのか? リンクシェルにも顔出さないし」
「それがわかんないの、個人通信にも出ないし」
リンクシェル「NOVICE」の面々で飲んでいる酒場でキース──キルスヴェヌド・キャラヴェンに問いかけられても、ミシィは肩をすくめるばかりだ。
「なんか、しばらく留守にするって置き手紙残して、どっか行っちゃったんだよね」
「前見た金髪美人のとこ行ってたりしてな」
「リールーカー!! そういう事を気軽に言わない!!」
「痛え、痛えってリココ姐さん!」
軽口を叩いたリルカナルルカのこめかみをぐりぐりと押さえつけるリココ。
ミシィはきゅっと両手を握りしめた。
「ほんとにそうだったらどうしよう……」
「ほらー! ミシィが泣きそうになってるでしょ!」
「あなたを殺してわたしも死ぬってやらないとかなぁ、わたしまだ死ぬのはやだなぁ」
「な……なんかズレてる」
「心配するだけ無駄だってリココ姐さん、こいつアホだもん」
「なんかリルカに言われるのは心外! あんたもあほの子のくせに!」
「アホの子言うな!」
いつもの漫才が始まったところで、リューンが口を出す。
「はいはい、仲良いのはいい事ねぇ♪」
「「仲良くない!!」」
きっちり仲良く否定して、二人はそっぽを向いた。
「でもミシィにも連絡しないでしばらく経ってるのは確かに心配ね」
「何やってるんすかね、トーリさん」
グランツが首をかしげる。
「まぁ、あまり詮索するのも良くないだろう。トーリも一人前の男なんだ、色々あるさ」
リンクシェルリーダーのカルルグがそう言った事で、なんとなくこの話題はお開きになった。

それからしばらくして──
リンクシェルのメンバーがいつものごとく酒場で飲んでいると、シロウ・マッカランとルーシー──ルゥ・シードルのコンビが顔を出した。二人揃ってメインでの所属リンクシェルは別だが、掛け持ちでミシィ達のリンクシェルも持っている為、皆とも親しい仲だ。
「よう、ここ座るぜ」
麗人と言って良い外見だが、口を開くと残念でならないシロウが席につくなり言い放った。
「今日ジュノでトーリを見たんだけどな、すげえレアくねぇか?」
「えっ」
「ほう」
「まさかのジュノか!」
メンバーがざわつくのを満足そうに見て、シロウはにやりと笑った。
「なんか、あいつレンタルハウスにも帰ってねぇんだって? 俺が見たときはカザム行きの飛空艇乗り場に入るところだったぜ」
ルーシーが言葉を継ぐ。
「急いでるふうだったから、ボクたち声はかけなかったんだ。なんか大荷物だった」
「カザムとトーリさんって、なんか結びつかないっすね」
グランツが言うと皆一様にうなずいた。健康美溢れるカザムにはあまり似合わない感じの男である。怨念洞なら似合うかもしれない。
「ほんと何してるのかなぁ、兄さん」
ミシィが少しばかり口を尖らせた。
「南国にバカンスって柄でもないしねぇ」
「彼女をおいてな」
「リルカー!!」
「痛え!」
またもリココにこめかみをぐりぐりと押さえられているリルカナルルカを見て、呆れたようにグランツが言った。
「……リルカのこめかみ、そのうちえぐれるんじゃないっすか」
キースが肩をすくめて軽く答える。
「あいつには良い薬だろ、ほっとけ」
「あっ、冷てえ!」
「やーい、リルカのあほー」
「ミスラモンクにアホ呼ばわりされるいわれはねえぞ!」
「なにおう!」
「あー、また始まった」
「仲良しさんだねー」
「「仲良くない!!」」
また声を揃えてそう言い放ち、二人は顔を見合わせて揃って口をへの字にした。
「まあまあ、そこらへんにしときなさいねぇ♪」
リューンがのんびりと止めに入る。にこにこと笑ってはいるが、その実怒らせると怖いのをよく知っているので二人とも黙り込んだ。
「個人通信には相変わらず返事がないの?」
「んー、返事がないというか、そもそも届かないようにしてるみたい」
「やっぱ浮気だな!」
「リルカぁ!」
ミシィは、夢想阿修羅拳の構え!
リルカナルルカのハイジャンプ!
「お店に迷惑だから止めなさぁい」
「「はい」」
ごごご、と見えそうな怒気をはらんだリューンの後ろで、カルルグがやれやれというように首を振っている。神妙に正座するミシィとリルカナルルカ。けらけらと笑うシロウ。
いつも通りの風景だ。ただトーリだけがいない。
やっぱりなんだか寂しいな。正座をしたまま、ミシィは小さくため息をついた。

「また居残りですの? 熱心ですこと」
ギルドマスターのポノノに声をかけられて、ヒュームの青年はふっと顔を上げた。
「外はもう暗くなってますわよ」
「ああ、すいません、もうちょっとで形になりそうなんですけど」
「大量の玉繭を持ってきた時はどうなる事かと思いましたけど、なんとか一本くらいは紡げそうかしら?」
「さっきから失敗続きでしたが、ようやくイメージが掴めてきました」
それはよかったですわ、そう言ってポノノは座っている青年の手元を覗き込んだ。
「今紡いでいる糸は綺麗に出来ていますわね、及第点を上げられますわよ」
「肝心の合成で失敗するのが怖いので、ストックも作っておこうかと」
「用心深いですのね」
「性分なもので」
照れたように笑うヒュームの青年に、ポノノはおっとりと称賛の声をかけた。
「スキル0からよく頑張りましたわね」
この間織工ギルドに現れたときは、ギルドに加入すらしていなかったのに。この青年はいまや目録にまで昇級していた。
「目標があると上達が早いと言いますが、本当ですのねぇ」
「本題を作るより、部品の玉糸を紡ぐほうが難しいとは思ってもみませんでしたけどね……」
苦笑いする青年に、ポノノはくすくすと笑ってみせた。
「美は細部に宿りますのよ。あなた方が普段使っている装備もそう、細かな部分にこそ、織工の技能が詰まっているものですわ」
「そういうもんですか……。ともあれ、これで明日には本題に取り掛かれそうです」
「突風のクリスタルも用意して、準備万端ですわね。昇級試験のときのような、美しい仕上がりを期待しておりますわ」
「ええ、とびきりの一品に仕立ててみせます」
そこまでして贈り物を仕立ててもらえる、その方が羨ましいですわ。ポノノの笑みに、青年は照れたように微かに笑った。

トーリが姿を見せなくなって二週間が過ぎた。
「まだ二週間、もう二週間、だなぁ」
その間ビシージもあったのだが、トーリはそれすら欠席しているようだった。あのビシージ馬鹿の兄が!
ミシィが彼のレンタルハウスに行ってもいつもがらんとしていて、人のベッドで一人寝するのも寂しいので自分のレンタルハウスに戻ってぼんやりとしているか、港の喧騒の中に身を置くことが多くなった。
今日は白門南側のアルザビ港に来ている。がやがやとした賑やかな声の中にいると、気が紛れるように感じる。
しかし。
「さびしい」
ぽつりとつぶやいて、それが実感を伴って襲ってきたものだから、ミシィは慌てて頭を振った。ちょっと長く会えてないからって、泣きそうになるのは正直恥ずかしい。恥ずかしいけど。
「さびしいよう」
再びつぶやくと、ぽろっと涙がこぼれてしまった。鼻の奥がつんと痛い。ほとほと、ほとほと、慌ててうつむいた顔から静かに涙だけが落ちていく。
外で泣くなんて、これは恥ずかしいぞ。頭ではわかっているのに、涙が止まらない。
「兄さんのばか……」
「誰が馬鹿だって?」
「!?」
聞き慣れた声に、慌てて頭を上げる。
今一番そこにいてほしい人物が、仏頂面をして目の前に立っていた。やや伸びた無精髭。
思わず飛び上がるように立ち上がって、抱きついた。
「兄さん……!」
「お、おい」
うろたえたようにトーリが声を上げる。
すん、と鼻を鳴らすと、いつもより濃い、慣れ親しんだ匂い。優しい兄の匂い。
「おかえり」
「……ただいま」
ぽんぽんと頭をなでられる。ミシィは彼を抱きしめる腕にますます力をこめた。
「そろそろいいか。恥ずかしい」
「あ、そうだね。ごめん」
ぶっきらぼうな声に慌てて離れる。
「別に謝らんでいい。……会えて嬉しいのは俺も同じだからな」
耳を疑って、それからミシィは照れてうつむいた。恋人同士になってから、トーリは時々ひどくミシィに甘い。
いつまで経っても慣れないなぁ、と思いながら彼の顔をちらりと見る。心なしか頬が赤くなっているような気がするのは、やっぱり気のせいなんだろうか。ただ単に夕日のせいだろうか。
でも嬉しいな。
「ね、どこ行ってたのか聞かせてよ」
「まあ待て、話は飯食いながらゆっくりとしよう」
「じゃあ何食べたい? 腕によりをかけるよ!」
「言ったな。ずっと糧食だったからなぁ、なんか温かい物が食べたい」
「ほんとどこ行ってたの……?」
まだ内緒だ、そう言って兄はにやりと笑った。
ミシィは半ばじゃれつくように、トーリはそれを軽くあしらいながら、いつものように二人家路をたどる。
アルザビのレンタルハウスに近づくにつれて、夕餉の匂いが辺りを満たした。
ミシィは目を細めてくすくすと笑った。
「なんだ?」
「うん、これ以上はないなって思って」
二人で帰り道、これから夕飯を作って食べて、一緒にゆっくり眠る。それだけなのに、充分満ち足りた気持ちになる。
「そうか」
優しげにトーリも笑ってくれる。本当に、これ以上の事はない。
「うちまで競争しよっ」
「あ、こら待て」
照れくさいのを紛らわすように走り出すと、トーリも後を追って駆けてきた。
くすくす、くすくす、笑いが止まらない。
今の自分たちをリンクシェルのメンバーが見たら何と言うだろう。祝福より先に、呆れ返るだろうか。
それでもいいや、ミシィはにっこりと笑ってレンタルハウスのドアを開けた。

「「いただきます」」
二人の声がレンタルハウスに響く。
「あぁ……久しぶりの温かい飯だ」
「ほんとどこ行って何食べてたの……」
感動すらして夕食をがっつくトーリを見て、ミシィが不思議そうにつぶやく。
「ウィンダス行って、ウガレピ寺院行って、ウィンダスだな」
「何そのルート。ていうかせめて街中ではレストランとかで食べようよ! そんでもってウィン帰ったんなら実家にも顔出そうよ!」
「ちょっと忙しかったんでな。いやしかし、人間二週間干し肉とかで済ませられるもんだなぁ」
「もう。野菜もとらなきゃだめだよー」
呆れたようにため息をつくミシィが、箸を止めず聞いてくる。
「それで、なんでウィンとかウガレピとか行ってたの? 通信も届かないから、心配してたんだよ」
「それについてはすまん」
「まあ無事に帰ってきてくれたからいいけどさ」
「……お前、前にオパーラインドレス見ていいなぁって言ってたろ」
ぱちくりと瞬きをして、ミシィが箸を止めた。
「言ったけど……それがどうかした?」
ケルヴィン、やっぱりこいつ思った事を言っただけだったようだ……
ほんの少しだけ気落ちして、それでもトーリは言葉を続けた。
「だからまあ、俺もちょっと頑張ってみたというわけだ」
「なにそれ、よくわかんないよ」
「飯食い終わったら渡すものがある、とだけ言っておく」
そう言って、トーリはタルタルライスをかっこんだ。
「えっえっ、まさかドレス買ってくれたとか!?」
「違う、あんまり期待するなよ。あとドレス持ってる荷物量じゃないだろ、もっと観察しろ」
「期待値上げてるの兄さんじゃない!」
ぷーっと頬をふくらませてから、ミシィもタルタルライスをかっこんだ。続いたおかずの争奪戦については省略しておく。

食後のウィンダスティーを飲みながら、二人で再びちゃぶ台を囲む。
「さて、じゃあお楽しみだ」
トーリが背嚢からごそごそと出してきたものを見て、ミシィが頬を紅潮させた。赤いリボンのかかった、手のひらと同じくらいの大きさの箱。プレゼントを目の前にして子供のように興奮する妹分に、トーリも自然と笑みがこぼれる。
「なになに!?」
「いいから開けてみろ」
「うん!」
しゅるしゅると音を立てて、ミシィが丁寧な仕草でそっとリボンを解いていく。
白い箱を開けると、そこには。
「わぁ……!」
ライラックの花をあしらった紫と白の髪飾りが鎮座していた。
「兄さん、これどうしたの?」
聞いたそばから察しがついたのか、ミシィがつぶやいた。
「……あっ、ウガレピのハベトロット……織工ギルド!」
「ご明察」
「もしかして玉繭から!? すごい、すごーい!!」
手放しで喜ぶ様子に、こぼれない笑みなどあるものか。
「つけてみろ」
「えっ、いいの?」
「お前のために作ったんだ、つけてみてくれ」
うながせば、恐る恐るといった手つきでミシィがリラコサージュを手に取る。かかげ持つようにして下から角度を変えてのぞき見ると、少女はため息をついた。
「あっ、銘も入ってる。きれーい……兄さん、手先器用だねぇ……」
「ガラコサージュとまではいかなかったが、まあ良い出来だろ?」
うん、きれい。夢見るようにつぶやいて、ミシィがそれをそっと即頭部に飾る。
「ど、どうかな」
照れたように、嬉しそうに笑った顔。心の底から幸せそうな、少女の笑顔。
これが、見たかった。
「……うん」
手を引いて、抱き寄せる。
「きれいだ」
耳元でささやく。やっと言えた。ミシィが恥ずかしそうに身じろいで、つぶやいた。
「あ、あの、あのね。兄さん、……ありがと」
「どういたしまして、お姫さま」
「……兄さん、時々恥ずかしげがなくなるよね」
「そうか?」
呆れたようなミシィの言葉に、しれっとした顔で答える。
材料にライラックを使っているとはいえ、クリスタル合成を施しているから、もうその香りはしないはずだ。
それでも、優しいミシィの匂いに混じって、微かにライラックの香りがしたような気がした。

「それで、作ってもらったの? いいことねぇ」
「うふふ」
「……」
白門の茶屋シャララトでアルザビコーヒーとチャイを楽しみながら、トーリとミシィ、ケルヴィンは穏やかな午後を過ごしていた。
ミシィの髪には、トーリの銘入りリラコサージュが飾られている。
「アタシもそこまで情熱傾けてくれる彼氏が欲しいわぁ」
「待て、なんでそこで俺に擦り寄る」
「ウフフ」
にじり寄るケルヴィン、後ずさるトーリ。
「あっ、ダメだよケルちゃん! 兄さんはダメ!」
「やきもちさんねぇ。可愛いこと」
抗議の声ににっこりと笑って、ケルヴィンはミシィの頭を優しくなでた。いつもより心なしかむすっとした顔でトーリがコーヒーをすする。
ミシィが手洗いに立った後、ケルヴィンがこっそりトーリにささやいた。
「トーリくん、結構高くついたんじゃない?」
「……何がだ」
「0から裁縫スキル上げて、ウガレピでハベトロット倒して玉繭取りして、特殊クリスタル用に納品もしたんでしょ? 普通に競売で買うよりよっぽど高くついたでしょうに」
「こういうのは金の問題じゃないからな」
「まあそうねぇ。そう言って実際に行動に移せるトーリくん、男前で好きよ」
「俺はお前が苦手だ!」
「嫌いじゃないのね、嬉しいわぁ」
更にむすっとして、トーリはそっぽを向いた。ケルヴィンはにこにこ笑っている。
そこにミシィが戻ってきた。
「あ、仲良しさん。何の話してたの?」
「……仲良しじゃない」
「あら、アタシたち仲良しさんでしょ?」
「一緒にするな」
「「ひどーい」」
「なんでそこでハモる!?」
茶屋シャララトにひときわ明るい笑い声が弾けた。
皇国は今日も良い天気である。


”Dear mine.” is over!
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