なにもしらない


気づけばそこに、当たり前のようにある。


もぞ、と胸の辺りで温かいモノが動いた気配がした。トーリは目を開けないまま、僅かに眉をよせる。
アトルガン皇国はアルザビのレンタルハウス。その暖かな自室のベッドの中、日付はとうに越えている筈だ。
二人で寝るには少しばかり狭いそのベッドで熟睡していたトーリは、潜り込んできたそれに今し方まで気がつかなかったらしい。
人のレンタルハウスを夜中に訪れて、そのベッドに潜り込むような人間には一人しか心当たりがない。合い鍵を渡す際に一緒には寝ないと言ったのに。もう少し強く言い張っておくべきだったのか、結局こうして一緒に寝るのも当たり前かのような頻度になってしまっていた。
トーリの胸の辺りに顔を寄せて、すぅすぅと寝息を立てている若いミスラ。妹分のミシィ・ハーウェイ。
その温かい感触が心地よいなどと、思い始めてしまっている自分に腹が立った。……合い鍵など渡すべきではなかった。
そう考えるのも毎度の事で、目が覚めたら文句を垂れつつもなあなあに終わってしまうのも毎度の事だ。
兄妹のように育ってきた自分たち。
だから、こうやって一つ寝するのも遠い昔を思い出させる以外に何もないのだろう。
何もないのだ。
本当に、そうか?
恋人のように同衾して、兄妹のように振る舞って、その実二人は赤の他人だ。
いったい俺たちは何をしているのか、この距離が表すものは何なのか。これでいいのか。わからないまま今日も諾々と安寧に巻かれている。
「阿呆だな」
自嘲して、トーリは再び眠りの海に潜る。

「阿呆だな」
眠りの海に漂っていたミシィの耳を、その言葉が通りすぎていく。
ああ、また兄さんが呆れているんだ。
ミシィは阿呆と言われる事に慣れている。実際自分は阿呆だとも思う(それを言うと兄は思考の停止だといつも怒る)。慣れているのと気にならない事は別だが、それもトーリくらい近しい相手だとほとんど気にならないのと一緒だ。
麻痺しているのかな、とも思う。でもどうにもならないし、どうするつもりもない。
兄が阿呆だというのならそうなのだ。トーリの言う事はいつも正しい。厳しい事もあるけれど。
兄さんの胸元は温かい。それに懐かしい匂いがする。だから時々、ミシィは夜中に彼のベッドに潜り込むようになった。
兄は朝になれば文句を言うが、蹴り出そうともしないので、別にいいんだろう。最近は文句を言われつつも朝食を用意して二人で食べる、その一連の流れが決まり事のようにもなっている。
再び眠りの渦に巻き込まれながら、ミシィはふと思った。
恋人じゃない、ほんとの兄妹でもない。わたしたちって何だろう?
でも今は眠いし、兄さんのベッドは温かい。
……それでいいや。
そうして安寧の懐に沈みこむ。

互いの鼓動の音を聞きながら二人は眠る。
それが危うい安らぎであるという事を知らないままに。


"on the edge" is over!
inserted by FC2 system