トリック・オア・トリック?


夜も更けたアルザビで。
ノックの音がした。軽いのと騒々しいのが連なって。
「開いてるぞ」
トーリ・ココノエは床に広げたスクロールから目を離さずにぶっきらぼうにそう言った。
最近新しく発見された魔法のスクロールを大枚はたいて買ったのだが、いまいち理解が追いつかないのでイライラし始めている所だった。多少ぶっきらぼうになるのはしょうがないといえる。
もっとも、常日頃から充分ぶっきらぼうな彼なのだが。
トーリの言葉を無視するかのように、再びレンタルハウスに響くノックの音。
「……開いてるってのに」
小さく舌打ちするとトーリは重い腰を上げた。どうせミシィあたりが……ん、"連なる"ノックの音?
考えながらドアを開ける。
「「トリック・オア・トリートォ!!」」
その途端に、明るい声が二重になってレンタルハウスに響いた。
思わず目をしばたたかせる。
目の前にはエルヴァーンの少年――一見成人しているように見えるがまだぎりぎり成人していない――、視線を下にやるとタルタルの女性――こちらは見た目はともかく、中身は少女というにはやや年を取っているのをトーリは知っていた。
いずれも見知った二人である。トーリが普段所属しているLSのメンバーだ。
解せないのは、二人してカボチャの被り物をしている事だった。
「……は?」
訝しげに眉を寄せるトーリに、二人はにっこりと笑いかける。
「トリック・オア・トリートっす!」
「トリック・オア・トリートだってば!」
停止していたトーリの思考がようやく動き出す。
「ああ、今日はアレか」
エルヴァーンの少年、グランツ・ウォーデンが言葉を繋げた。
「ハロウィンっすよ、トーリさん!」
続いてリココ――タルタルの女性が呆れたように言ってくる。
「やだなぁ、今三国でお祭りやってるじゃない。見に行ってないの?」
「……俺はそんなに暇じゃないんでな」
「なによー、感じ悪〜い」
「トーリさん、前に会った時より目つき悪くなってますよ。本の読みすぎじゃないすか?」
「たまには外に出なきゃ、ララブの尻尾みたいになっちゃうわよ」
「うるさいな……トレーニングくらいはしとるわい」
たまに。
「それで、なんなんだ。俺は仮装をする趣味はないぞ」
「だからトリック・オア・トリートだってば。察しが悪いわね」
やれやれ、といった感のリココに続いて、グランツが手をお化けのように垂らしておどけてみせた。
「お菓子をくれなきゃいたずらするんすよ〜」
「トーリは黒魔道士だから、お菓子は必ず常備してると思ったんだけど」
確かに、普段頭を使う魔道士は甘い物を好んで常用する傾向にある。
「わかったわかった。ちょっと待ってろ」
いったん部屋に戻ったトーリは、程なくして何かが詰まった袋を二つ持ってきた。
「ほれ」
「わーい、ありがとう! で、中身はなに?」
「ジンジャークッキー」
リココの眉が八の字になる。
「……しけてる」
「しょうがないだろ、最近買い物してなかったし儲けもなかったんだ」
少しばつが悪そうに言うと、リココは納得したようにうなずいてみせた。
「男の一人所帯はこれだからダメなのよね……」
「うるせえ」
不機嫌そうに言うトーリをまるで無視して、二人は手を振った。
「じゃ、私たち、他にも回る所があるから!」
「お菓子ありがとでっす」
「はいはい、さっさと行けさっさと」
去っていく二人にトーリは軽く手を振り返してみせた。

ノックの音がした。リズムを刻むように軽快に。
リココとグランツの凸凹コンビがジンジャークッキーを戦果に帰ってからしばらくしてのことだった。
「開いてるぞ」
再度スクロールの解読に取り組みかけていたトーリは、ドアを見ようともせずに言い放つ。
しかしそれを無視して響くノックの音。
「またかよ……はいはい、今行きます」
立ち上がってドアを開く。
「ハイ♪」
ドアの向こうに立っていたのは、踊り子AFに身を包んだ、カボチャ頭のヒューム女性だった。美人なだけに、見た目のアンバランスさがすごい事になっている。
こちらも見知った顔だった。流れる長い金髪、澄んだ青い目。ご多分にもれず、同じLSのメンバーである。
「トリック・オア・トリート!」
いたずらっぽくそう言って、リューン・シードはウインクをしてみせた。それがまた――その奇抜な格好はともかく――実に自然で決まっている。
「今度はリューンですか……」
「あらあ、誰かに先を越されたかしら?」
「さっきリココとグランツが来ましたよ」
うふふ、とリューンが笑う。
「仲良いわねえあの二人。ま、そういうことでトリック・オア・トリート?」
「なにがそういう事なんですか、なにが。……トリートでお願いします」
彼女はこう見えて彼より年上の女性であるので、自然と敬語になってしまう。
ため息をついて、トーリは奥からジンジャークッキーを詰めた袋を持ってきた。
「ジンジャークッキー? しけてるわねえ」
「男の一人所帯ですから」
「なあに、それ。
 それじゃね、バイ♪」
くすくすと笑って、リューンはひらひらと手を振った。きびすを返して颯爽と去っていく。
「……あの格好でアルザビをうろうろしてたんだろうか、あの人は」

ノックの音がした。重く、一度、二度。
リューンが帰ってすぐである。床に座ろうとしていたトーリは腰を浮かしたまま動きを止めた。
「開いてるぞーって……またか?」
訝しげな言葉に続いて響くノックの音。
頭をかきながらドアに向かう。今度は誰だろう。
ドアを開けた向こうには、大きな二人組が立っていた。
片手を上げてにやりと笑う美形のエルヴァーン、ただしカボチャ頭付き。
「よっ。トリック・オア・トリート!」
もう一人のガルカに至ってはカボチャ頭ですっぽりと顔が覆われていて表情すら見えない。
「トリック・オア・トリートだ」
トーリはがっくりと頭を垂れた。
「キースにカルルグまで……ていうかあんたらいい年してなにやってんですか、なにを」
立っていたのはLSの年長組、エルヴァーンのキルスヴェヌド――愛称キースと、LSリーダー、ガルカのカルルグだった。
キースがにやりと笑う。
「俺はお祭り好きだからね」
カルルグも穏やかな声で言葉を継いだ。
「いや、これはこれで結構楽しいものだぞ。バストゥークでは本格的なお化けの仮装もしていたしな」
「アトルガンはハロウィンの風習がないからなー。俺もシャドウの仮装したかったんだけど、騒ぎになりそうだったんで止めといた」
肩をすくめたキースにトーリがうなずく。
「賢明ですよ。そもそもアルタナ四国とこっちじゃ暦が違いますし」
「フォモルと間違えられたら洒落にもならねえしな」
「違いない」
くっくっと笑う二人。
「で、トリック・オア・トリートでしたね。ジンジャークッキーでいいですか?」
「しけてるな」
「うむ」
「……」

ノックの音がした。やや乱暴に三回。
キースとカルルグの二人が去り、三度スクロールの解読に取り組んでいたところである。
どうしても今の時点では理解できない所があって、トーリのイライラは頂点に達しかけていた。
「はいはいはい」
呼応するようにつぶやいてこちらもやや乱暴にドアを開ける。
「トリック・オア・トリート!」
「きゅー」
元気な声と可愛らしい鳴き声は下から聞こえてきた。視線をそちらにやるまでもなく、誰だかわかる。LSメンバーの竜騎士リルカナルルカとその飛竜、ノノミだ。
やっぱりカボチャ頭を被っている。
「今度はお前らか。うちのLSはほんとに暇なんだな……」
「なんだそれ。とにかくトリック・オア・トリート!」
「きゅー」
きかん気の強そうな顔で言うリルカと、律儀に追従するノノミ。
「お前その意味知ってていってるのか」
「これ言やあ、なんかお菓子くれるんだろ?」
まあ間違ってはいない。トーリは奥からこれまた同じくジンジャークッキーを詰めた袋を持ってきて、リルカに渡した。
「ほれ、これやるからさっさと帰れ。帰って寝ろ」
実際もう夜もだいぶ遅いのである。若干近所迷惑な気もする。
「なんだ、ジンジャークッキーかよ。しけてるなあ」
「きゅー?」
「……もらえるだけましだと思え」
浮かべた笑みがひきつっている気がしたのは気のせいではない。絶対に。

ノックの音が……
がちゃりとドアを開けると、不意をつかれたミシィの顔があった。カボチャ頭なのは言うまでもない。
「え、え、兄さん反応速くない?」
「次にお前はトリック・オア・トリートと言う」
「いや確かにそのつもりだけど……」
「まあひとまず入れ」
?マークを顔いっぱいに浮かべている幼なじみをとりあえず部屋に引っ張り入れる。
「よくわかんないけどまあいいや。兄さん、トリック・オア・トリー……」
言いかけたミシィの目前にずいっと時計を突きつける。
「今何時に見える」
「へ?」
「何時に見える」
「ええと……十二時、十三分……あーっ!」
悲鳴とともに、ミシィのかぎ尻尾がぴんとまっすぐに伸びた。
「ハロウィンはとっくに終わっとるんだど阿呆」
「しまったあああ……他のとこで遊びすぎたあ」
頭を抱えるミシィを見ながら、トーリは言葉を続けた。
「まあそれはともかくとして、トリック・オア・トリート、お菓子をくれなきゃいたずらだったな」
「え、あ、うん」
きょとんとして答えるミシィ。
「なら、お菓子の代わりに俺がたっぷりいたずらしてやろう」
「へ」
一見爽やかな笑いを満面に浮かべて、トーリがじりっと歩み寄る。
対するミシィは後ずさりながらひきつった笑いを浮かべ。
「兄さんそれ意味が違っ……ぎにゃー!!」
トーリのレンタルハウス内に、再びミシィの悲鳴が響きわたった。
……いいかげん近所迷惑である。


"trick or trick?" is over!
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